石井桃子原作『山のトムさん』にみる豊かな暮らし

原作者の石井桃子さんは「ノンちゃん雲に乗る」で1951年芸術選奨文部大臣賞、1954年に菊池寛賞など数々の受領歴をもち、「クマのプーさん」「ピーターラビット」シリーズなど著訳書も多数残し、子どもの本の世界に多大な貢献をした方。誰と、どこに暮らし、そして何をするのか。そんな素朴な人の思いを、児童文学の世界で、自分自身の実際の暮らしをモチーフに表現したのが「山のトムさん」(福音館文庫)です。

この作品を映像化したのが本作。主演は公開中の映画「犬に名前をつける日」(インタビューはこちら)にも出演されている小林聡美さん。今回は“猫のトム”と共演です。


東京で暮らしていたハナ(小林聡美)は、友人のトキ(市川実日子)、トキの子どもトシ(佐々木春樺)と慣れない田舎暮らしを始めます。そこへ中学を卒業したばかりのハナの甥アキラ(伊東清矢)が加わり、血のつながりのない、4人の新しい家族の暮らしが始まるのです。

ハナたちはご近所さんに助けられながら、庭に畑をつくり、ニワトリを飼い、ヤギを育てる。そんな中、ネズミ退治の目的で猫のトムがやって来ます。その目的があるが故、トムのことは絶対に甘やかして育ててはいけないよ、という約束をするのですが……。


自分たちで食材をつくり、食卓に並べる。昔ならごく当たり前にあったその生活から感じられるのは、人としての自然な暮らし。人や動物をはじめ、土や木々、空など、そこにある全てのものに対しての、慈しみの心で溢れています。そうだよね、これだよねという、心の奥に眠っていた、豊かさに気付かせてくれることでしょう。

また、注目なのがこの物語を彩るスタッフ。映画「かもめ食堂」でフードスタイリストを務めた飯島奈美さんが料理を手掛け、軽やかな音色は大貫妙子さんによるものだったりと、『山のトムさん』の世界観と魅力を大いに高めています。

“こんな暮らしがしてみたい”どこからか、そんな声が聞こえてきそうな、ほがらかな作品です。