山田あかね監督に訊いた 映画『犬に名前をつける日』前編
自らを「ただの犬好きなんです」と称する山田監督に、この映画への想い、制作エピソード、そして保護センターから引き取り、主演もはたした愛犬のハルちゃんについて伺いました。本作の上映イベントが行われた、都立園芸高校の教室にて。
台本のない演技。
──上映会にイベント、おつかれさまでした。学生さんたちの反応はいかがでしたか?
みなさん映画を気に入ってくれたみたいで良かったです。
──いやぁ、本当泣けました。でもなんて言うかその、私は思ってもみなかったところで泣いたんです。
そうですか。どんなところで?
──人の温かさを感じたところや、なんてことない自然な場面で。逆に、想像していたつらいシーンは意外と少なくてほっとしました(笑)。
そう思ってもらえたらありがたいですね。犬や猫が殺されるところを観たら、みんなショックで泣きますよね。そういう泣かせ方って安易じゃないですか。悲しいに決まっていますから。
小林さんは、上川隆也さんと青山美郷さんと演じるシーン以外、みんな相手は素人さんだったんです。台本もないなか、現場へ行って、よく自然にやってくれたなぁと。素晴らしかったです。
──演技指導などはされたのですか?
ドキュメンタリーの現場で、台本を見て対応なんてできないので、最初に基本的な流れを説明したあとは小林さんにお任せしました。途中聞き出してほしいことがあったとき、小林さんに「ここではこういうことを聞いてください」と言いながらやっていたんです。
──山田監督と小林さんの信頼関係があってこそという気がします。
去年の秋にNHKで放送したドキュメンタリー『むっちゃんの幸せ~福島の被災犬がたどった数奇な運命~』で、犬のナレーションを小林さんにやってもらったんですが、その映像に小林さん自身が感動してくれたというベースもあったので、今回の映画にも参加してもらったんです。
──小林さん演じる(久野かなみ)の元夫役は、上川隆也さん(前田勇祐)ですが、相手役に上川さんを選ばれたのは何か理由があるのでしょうか。
これは自主映画のような小さい映画なので、著名な方に出演していただくのはなかなか厳しいんですね。でも上川さん自身が保護犬を飼っているということもあったので、主旨をご説明して依頼したら、「わかった」と。出てくださることになったんです。
──上川さんのシーンは台本があるんですよね?
ほぼあるんですが、その中でも一か所だけアドリブのところがあるんです。上川さんご自身も犬を愛していて、犬に対する“想い”のある方なので、それを台本の中に込めさせていただきました。
──そのアドリブはどのシーンですか!?
どの部分かは秘密です。
──ではそのときの小林さんの反応は…。
ドラマのシーンでも、ある意味ドキュメンタリーの要素が残っているんです。上川さんは、役を演じていますが、犬を想う“気持ち”の部分はリアルだと思います。
──だから役柄に人間味を感じられたんですね。
小林さん自身も、猫をたくさん飼っていらっしゃるから、動物を亡くした悲しみであるとか、愛護センターへ行ったときに受けるショックなどは、たぶんリアルなものが出ていたと思いますし、私はそれが欲しかったんです。お芝居で悲しみを演じてもらうより、本当に人が動物を亡くしたときに見せる表情を映したかったので。
──愛護センターを訪れたときの小林さんも印象的でした。
そこに佇む姿で表現してもらいたかったんです。例えばナレーションで『あまりにショックなので泣いてばかりいました』と加えることもできます。でもあの場に立って小林さんがセンターにいる犬を見ている顔を映せば、言葉はいらないんです。
──ああー。なるほど。
私は、自然に人の心から出てきた表情がいいと思っています。ドラマだとしても、どうやってリアリティを獲得するかが一番大事なんです。小林さんには実際に犬猫の鳴き声がするなか、殺処分をする機械の前に立ってもらったんですが、それだけで全然違うんですよ。あの表情はセットでは再現できない。そもそもセットをつくるお金もないんですけどね(笑)。本当に小林さんの反応は素晴らしかったです。
これは人間の物語なんです。
──山田監督自身も犬を飼ってらっしゃいますが、動物保護センターへ行くのが怖いとか悲しいといったことはありませんでしたか?
初めて行ったときは非常につらかったです。施設に入ったとたん犬や猫たちの鳴き声がこだましてますから。「ワンワンワン!ニャンニャンニャン!」と。その声に胸が締め付けられ、大部屋にいる犬たちを見て悲しくてずっと泣いていました。なんでこんなひどいことが行われているんだろうと。
──取材はどんな気持ちでされていたのでしょうか。
最初は怒りでしたが、「ちばわん」を始め、ボランティアたちが一匹でも多くの犬を救おうと、無償で、自分の時間をさいてそこへ通っていると知って、気持ちが少し救われました。そういう人々がいるからこそ、彼らをちゃんと撮っていかなければ!と。
──ほかにも「犬猫みなしご救援隊」や獣医師、飼い主さんも含めると本当に多くの方が出ていました。
ひどい現状だけを撮って、ひどいじゃないか!という訴え方もあると思うのですが、それより私は、そこを改善しようと戦っている人たちを撮ろうと思いました。犬がテーマの映画なんですが、結局これは人間の物語なんです。
──この映画は“ドキュメンタリーとドラマが融合した新しいタイプ”と言われていますが、最初からこの形をイメージされていたんですか?
いえいえ。最初は自分が興味のあることをひたすら撮っていたので。こういう形式にしようと思ったのは、去年の秋くらいです。犬猫の殺処分についての映画はすでにあるし、普通のドキュメンタリーだと目立たない。広く伝えることが大事なので考えました。
それで実際に私が取材した映像と、ドラマ部分を合わせて作品として見やすくしたんです。小林さんや上川さんに出演してもらうことで、今まで犬に興味のなかった人も“うっかり観る”という作戦です(笑)。やればついてくる。何もないけどやってみる。
──取材中や劇中で、とくに印象的だった言葉があれば教えてください。
「犬猫みなしご救援隊」の中谷さんが言った『やればついてくる。何がないからできないとか言ってたんじゃ、最初から何もできない。ないけどやってみよう。そうしたら人がついて来る』です。それと『福島で犠牲にした命を無駄にしない、自分がどう生きるかがそれにかかっている』という彼女の言葉には、とても共感しました。
震災で大変なことがあって、悲しい思いをした人はいっぱいいたと思うけど、そこで嘆くだけじゃなくて、できることはないだろうか、ということ。私も愛犬を亡くして悲しいから嘆いていたんですけど、そこで止まらないで、自分ができることってなんだろう、取材を続けていこうって。そういう思いで映画をつくりました。
──実際に中谷さんが発した言葉も映画に使われているんですよね。
(c)スモールホープベイプロダクション
Interview, Edit: Tomoko Komiyama / Photograph: Jun Takahashi
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