イラストレーターの平澤まりこさんとペッカ「喜びをくれる日々」
与論島から来た保護犬ペッカ
──ペッカちゃんとの出会いから教えてください。
保護犬の里親探しをしているボランティアさんが運営している『保護犬を飼おう』を教えてもらい、そこで出会いました。ここは里親探しの拠点が都内にあるんですが、与論島の犬を保護して連れてきているんです。ペッカも与論島で生後4か月のときに捕獲された保護犬なんですよ。
──与論島で保護された犬の里親募集をなぜ東京で?
与論島は住民の数が少なく、すでに犬を飼っているうちもあったりして、引き取り手がほとんどいないらしいんです。逆に東京には需要があり、募集をかけると反応がたくさんあるそう。与論島から東京への輸送、里親探しや犬のお世話など、これらはすべてボランティアさんの力で運営されているんです。
──ペッカちゃんが平澤さんのうちに来たのは生後何か月くらいのときですか?
6か月です。私は犬を飼うのが初めてだったんですが、ペッカはひと通りのしつけがされていたので、うちに来てからも特に困ることなくすんなり。『保護犬を飼おう』では里親募集をする前に、最低1ヶ月、トイレやお散歩などのトレーニングをしてくれているので、とても助かりました。
きっかけは“キップル”
──そもそも平澤さんはなぜ犬を飼おうと思ったんですか?
それは友人のなっちゃん(桑原奈津子さん)のうちに、キップルが来るってところから物語は始まるんですけど。
──はい。ツイッターやインスタグラムで大人気のキップルちゃん。沖縄生まれの保護犬で、桑原さんは『いつでも里親募集中』というサイトで出会ったそうですね。(桑原さんのインタビューはこちら)
初めてキップルに会わせてもらったとき、そのあまりの可愛さに衝撃を受けて(笑)。そこから私も犬を飼いたい!って思うようになったんです。でも当時の私は、独身で一人暮らし、さらに猫を飼っていたので、現実的に考えて犬を飼うのは難しいのかなと。
──もともと猫を飼われていたんですね。
その猫は亡くなって今はいないんですが、ある雨の日、駅前の公園に捨てられていたんです。段ボール箱の中にいたんですが、あの光景はまるでドラマのワンシーンのようでした。グレーのしましま柄のとってもいい子でね……。そのとき“猫を飼う”ということを知ったからこそ、犬を飼うのはハードルが高い気がしてたんです。
やっぱり毎日朝晩、散歩に行くっていうのが。私は旅をすることがすごく多いので、犬の世話をきちんとしてあげられないかもって。……と、思いながらも、環境が整ったらいつか犬を飼いたいなぁって、なっちゃんにはよく話していました。
──なるほど。ではその後、犬を飼える状況になったんですね。
はい。結婚をして、家を構えて、近くには公園もある─。そこでいよいよ、なっちゃんに相談です。なっちゃんはいくつか里親募集サイトを教えてくれたり、さらに彼女自身もいつもサイトをチェックしていたから、私に合いそうな子がいたら「メルマガ方式で送るから!」って言ってくれて。
──メルマガいいですね!
結局そのメルマガは2回目くらいで、私がしびれを切らしちゃったんですけどね(笑)。やっぱり直接犬に会わないと感覚もわからない!って。ちょうど気になる子も見つけたので、千葉県の動物保護団体へ、なっちゃんとドキドキしながら会いに行ったんですが……。
控えめな性格に惹かれて
──初めての動物保護施設。気になる子はいかがでしたか?
想像を超える量の犬がいて、結果的にその状況にいっぱいいっぱいになってしまったんです。成犬は囲いに放し飼いに、子犬たちはプレハブ小屋の中の小さなケージにたくさん、お目当の子は写真で見ていた雰囲気と違って、とてもやんちゃな子でした。施設の方にも「落ち着きがなくて凶暴なところもあるから、犬を初めて飼う人には正直おすすめできない」と言われて。かわいい子だったんですけどね。
──圧倒されてしまったんでしょうか。
私もなっちゃんもシュンとしちゃったんです。「成犬の子がいっぱいるんだね。あんなにかわいいのに」って。一応、他の犬も見させてもらったんですけど、なんだかこの中からもう選べないってなってしまって。
それで、その後たまたま別の友人から教えてもらったのが『保護犬を飼おう』なんです。しかもいいタイミングで「与論からオスとメス2匹の子犬が来た」っていうニュースも入って。再びなっちゃんと一緒に会いに行ったんです。
──そこでペッカちゃんに出会ったんですね。きめては何だったんですか?
控えめな性格と、優しい顔に惹かれました。その日は犬たちとお散歩をしたり、ボランティアさんにいろいろ相談したりしてたんですね。子犬はどちらもかわいいし、どう選んでいいかわからなかったんですが、おやつのガムをあげたとき性格が出たんです。パっと食いついてきたのが弟で、ペッカは食べずにただジーっと見てるだけで、弟に横取りされちゃったの。それでもペッカは怒ることも何をするでもなく、ただ「あ…」って(笑)。そんなところがいいなと思ったんです。
まわりも仰天! 走り出したら止まらない!
──ペッカちゃんの控えめな雰囲気、今も出てますね。
本当そうなんですよね。そうそう、じつは私、和犬と洋犬で性格の違いがあるってことも知らなくて、犬といえばみんなフレンドリーなんだと思ってたんです。だからびっくり。ペッカはうちに来た当初心を閉ざしていたし、私たちの方へ喜んで近寄るなんてこと全くなかったから。「うーん、なんか淋しいぞ」って思ってました(笑)。
──慣れるまでどのくらいかかったんですか?
じつは最近なんですよ、ペッカが尻尾ふって喜んで来てくれるようになったのは。こんなふうに感情を出してくれる子だってことをあらためて知りました。喜んで飛びつくなんてほとんどなかったし、嬉しくてクーンクーンって鼻鳴きもするようになったんです!
──ペッカちゃんの心境に何か変化があったんでしょうか。
たぶん先日、止む無くペットホテルに預けたことが理由かも。淋しかったんだと思います。いつもは『保護犬を飼おう』のボランティアさんのうちで預かってもらうんですが、先日は私に急な出張が入ってしまい、どうしても連れて行く時間がなかったもので。私が帰ってきたらペッカは大喜び!
琉球犬のミックスです。キップルも同じですが、それ以外はどんな犬種の血が混ざっているかわからなくて、大きさも何キロになるかわからないんです。ペッカの体重は今のところ9キロで止まっています。
──運動量はどのくらいなんでしょうか?
すごいですよ!まるで野生のキツネ! ペッカが走り出すとまわりのみんなが仰天します(笑)。さすがにスピードではイタリアングレーハウンドには勝てないけど、負けないくらい走るんです。普段はロングリードを付けて走らせているんですが、近所に四方が囲いになるドッグランのようなところがあるので、そこへ行ったら自由に遊ばせています。
朝からそのドッグランで遊んじゃうと、家に戻るころには泥だらけですよ。そのままシャンプー行きのフルコース。ペッカは大満足ですけどね(笑)。
──以前の平澤さんは、お散歩に不安があったとおっしゃっていましたが、問題なかったみたいですね。
もともと一人で散歩はしていたので、そこは意外とすんなりだったんですが、朝から1時間~1時間半、ペッカとのお散歩のために時間をつかうようになったのは自分でも驚きです。でもね、外で楽しそうに遊ぶペッカを知ってしまったら……。自分の仕事が忙しくても、朝から「行くか~!」って気合いが入っちゃうんですよね。
一瞬の出来事と逃走
──ペッカちゃんはおとなしくて、平澤さんのうちに来る前からしつけもされていたし、初めての犬との生活は順風満帆ですね。
それが、ペッカの顔に傷があるじゃないですか?
──あ、はい。
うちに来て1ヶ月経たないころ、中型犬に噛まれて、牙がぐっさり刺さって血がブワーって噴出したんです。
──何が起こったんですか!?
公園でノーリードで訓練中だったボーダーコリーにペッカが近づいたら、急にガブっと! 調教されている犬だし、他の犬も遊んでいたので私も油断してしまって……。その子はボールを取りに行く途中だったようで、ペッカにボールを取られると思ったみたい。
ペッカは、今まで私が聞いたこともない声で「キャンキャンキャン!」って鳴きながら走りまわって。走りまわるものだからどんどん血は出るし、とにかくすぐペッカを抱きかかえなきゃって私は必死。そのときは、もう死んじゃうんじゃないかって思いました。
──ええええ!! それで??
ぶるぶる震えるペッカを抱きかかえた私も全身血だらけ。そしたら、まわりにいた人たちがすぐ病院に連れていこうって懸命に助けてくれたんです。まだ病院も開いていない朝7時半だったんですが、たまたま病院の先生の携帯電話の番号を知っている方が電話をしてくれたり、車を持っている方もその中にいたので、ペッカをすぐに病院に運んでくださいました。幸いなことに、傷は縫うほどじゃなく消毒だけで大丈夫だったんです。
──どうなることかと思いました。
まわりの人たちの連携プレーのおかげです。今でも本当に感謝しています。
2日後から普通に散歩にも行けるようになったんですが、なんとペッカは、自分を車で運んでくれたおじさんと、そのとき一緒にいたおじさんの飼い犬のダルメシアンのことが怖くなってしまったんです。
──その犬に噛まれたと勘違い?
はい。ペッカの脳裏には、完全に間違った記憶が刷り込まれてしまったんです。ペッカを噛んだボーダーコリーのことは、一瞬の出来事だったから覚えていなくて。だからそこからが大変というか…、おじさんとダルメシアンには毎朝会うので、会うたびペッカは萎縮するようになってしまったんです。助けていただいたのに本当に申し訳ないのですが。
最近ようやく慣れてきたんですが、この一件以降のお散歩中に突然、ペッカが逃走してはぐれてしまったことがありました。そのダルメシアンと偶然遭遇したときに、フラッシュバッグのようになったみたいです。
──ええーー!!
すぐにペッカは家の前に戻ってきてたので大事に至らなかったんですが、遭遇した瞬間ものすごい力で走り出してしまったんです。我を忘れて走るペッカは、追いかけても、追いかけても、全然追いつかなかった。通りすがりの人に「リード捕まえてください!!」って叫んだけど、まわりの人も突然のことすぎて状況がわからない様子で。
──そうですよね。でも、とにかく無事でよかったです。
もう本当に冷や汗ものでした。それ以降こういった事件はないんですが、ペッカは傷を負ったことがトラウマになっていたようです。近所にも雷の音に驚いて反射的に逃げちゃう犬もいるくらいなので、いつも気を付けています。
要求を伝えてくれるのが嬉しい
──ペッカちゃんは、ほかの犬とは仲良くできるんですか?
それは平気ですね。犬は大好きだし、吠えることも、噛むこともないです。「遊ぼう!遊ぼう!」って元気いっぱいに近寄って行きます。外でほかの犬たちと遊んでいるときに、飼い主さんから、普段私があげないような大きめなおやつを貰うことがあるんですが、ペッカはやっぱり、ほかの子におやつを横取りされちゃう(笑)。
──そこは今も変わってないんですね。ペッカちゃんが一番好きなのは遊ぶこと?
外で走るのが一番好きで、あと家の中でするボール投げも。このとき遊ぶボールは、嫁入りのときに貰ってきたもので、押すとブヒブヒ音がなるんですが、ペッカはこのボールを鳴らすと子犬のころの記憶がよみがえるのか「クゥークゥー」って鳴くんです。
で、これより好きなのが、羊のおもちゃ。ペッカにとってこれだけは、どうにもこうにも好きすぎてたまらないみたいです。投げて遊ぶわけでもなく、とにかくかわいがっています。
ペッカはすごく控えめで人にも慣れてなくて、私たちとも最初は距離があったんですが、今では私のアトリエに入ってきて、お散歩の要求をしてくるようになりました! アトリエにも最初は怖くて入れなかったんですよ。なのに、私のデスクの横まで来て「おさんぽ、いきたいです」って顔でおねだりするようになった。感動しました。
私が「すぐ出られないから、あと10分待って」って言うと一度部屋から出て、また10分後くらいに戻ってくるんです。そのうち尻尾をふって来るようになって、「もうほんとうに、いきたいんです!!」ってグイグイと要求することも。自分の欲求をちゃんと言えるようになってきたのがすごく嬉しかったです。
──たとえばペッカちゃんが人間だったら、どんな子だと思いますか?
田舎っ子ですね。のんびりとした島育ちの中学生かな。寡黙なんだけど陸上部で成績がいい、意外と光るね~、やるときやるね~ってタイプですね。豊かな自然のなかで生まれ育ったから「都会はついていけないです」ってかんじだけど、都会の子たちに気負いすることなく「遊ぼうよ」って近寄れる。たとえ一緒に遊んでくれない子でも、ペッカは後ろからくっついて、ただ一緒に歩くだけで楽しいって言ってそう。
安心してね。家族なんだよ。
──ペッカちゃんと一緒に暮らしてよかったなと思うのはどんなことですか?
ペッカは毎日いろんなかたちで喜びをくれるので嬉しいし、それって素晴らしいことですよね。あと私自身のことだと、1日の時間の使い方がうまくできるようになった。外出をしていても、夕方にはペッカの散歩があるから帰宅しなきゃいけないという制限はあるけど、限られた時間に集中して仕事ができるようになりました。ペッカは来るべくして来てくれたんだなって感じますね。
まだ物語の中ではないんですが、書籍『旅とデザート、ときどきおやつ』(河出書房新社)のなかに犬のイラストがあります。あとJALの機内誌の中でも描かせてもらったり、犬を描く機会は増えたし、描きたくなりましたね。
※雑誌『リンネル』(宝島社)と共同でトートバッグを制作されたばかり。このバッグのデザイン料の一部は『保護犬を飼おう』に寄付されるそうです。詳細はリンネル セレクトショップ kuralineで。
──書籍や写真集などたくさんの本に囲まれたご自宅ですが、犬や猫が好きな方におすすめの書籍などあったら教えてください。
『庭猫』(パイインターナショナル)という写真集見ました? すっごくかわいいですよ。ワイルドに生きる野良猫と、暖かい家の中で生きる家猫を撮ったものなんですが、その交流が切ないんです。いい写真集ですよ。
ちょこっとだけ、おじゃまさせていただきました! ペッカが私たちのところに来てくれたのは、キップルのおかげですね。
──では最後に、平澤さんがペッカちゃんについて“いつも思っていること”や“伝えたい言葉”があれば教えてください。
最初はとにかくペッカとの距離を縮めたかったから「うちにきてありがとうね」ってよく言っていました。今は「ここはペッカのおうちだから、ずーっと居ていいんだよ。ずーっと大好きだし、安心して家族になろうね」と。一生懸命言い聞かせるように、念じるように抱っこをして伝えています。それが最近ペッカに通じているような気がするんです。いつもジーっと私の目を見て、けなげに聞き入れてくれてる。そんなペッカがすごく好きです。
ペッカ
2014年8月ころ生まれ/雌
OWNER’S PROFILE
平澤 まりこさん
東京生まれ。イラストレーター。広告、雑誌、装画などを手がける他、国内外問わず気になる人や街を自身の足で訪ね、絵と文章による書籍を制作している。著書に『イタリアでのこと』(集英社)、『ギャラリーへ行く日』(ピエブックス)、絵本『森へいく』(集英社)など。最新刊は『旅とデザート、ときどきおやつ』(河出書房新社)。4月下旬に絵本『しろ』(mille books)を刊行予定。Interview, Edit: Tomoko Komiyama / Photograph: Jun Takahashi
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